6/13(火)22:06
朝、起きてカーテンを開けると青空が出ていた。
最近は雨が多かったので、11階下の階まで降りて、共同洗濯機に200円入れて洗濯した。
時代の波に乗り遅れたのか、安易な便乗値上げに屈さない高貴な精神論で値上げしないのか知らないが、平成の名残を感じた。
洗濯物を干していると、重量オーバーなのか?プラスッチック性の洗濯掛け?が切れて宙ぶらりんになってしまった。
部屋の中に入って、引き出しから、針金とペンチを出して、持ち上げて縛り付けると直った。
針金が切れるまでには、数十年を要すると思ふので、問題解決のプロと自任するのは、思い上がりも甚だしいので、しません。
話は少し前後しますが、昨日、ジムに向かって進んでいると、道路の左側のコンクリートの中から雑草が何本も出ていました。
当たり前の光景なので、それがどうしたといふのは、少し考え方が浅はかな感じがした。
目に見えないような数mmの隙間から、草が生えているのだと思ふが、それを見た正直な感想は、花も咲かない雑草がそんなところから生えてきて何か嬉しいのか?と思ってしまった。
人間なら話もするし、花が咲くなら生えがいもあるが、生えて枯れるだけに何か意味があるのかと考えてしまった。
日光に当たって光合成をするのが、好きな可能性はある。
人間でもビーチで日光浴をする人はいる。
私もけふはオアシス21のベンチに座って本を読んでジムに帰ると、腕が焼き芋みたいに真っ赤に日焼けしてしまっていた。
雑草の話に戻るが、何をそこまでして、コンクリートの中から出てくるのかとも思ふが、雑草にも気持ちがあるのではないかと考えた。
人間の心もどこにあるのか分かる人は世界中に誰もいないと思ふ。
いたとしたら、詐欺師の可能性がある。
普通に考えれば、どこに心があるかを考えた場合には、脳か心臓と思ふ人が多いと思ふが、見た人はいない。
脳は考えるし、胸が苦しくなるといふので、二つがくっついているといふ煮え切らない決断力のない人もいたかもしれない。
しかし心はあるし、目に見えないのであれば、雑草には心がないと証明できる人間は世界に誰もいない。
人間も雑草も元は細胞で似たようなものだ。
字数の関係でここまでにします。
マッスルラボ大森
大森友紀
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